生徒の年齢に関係なく、『Dr.+エジソン』では、いつでも「なぜ?」から授業が始まります。
それは、ただプログラミング技術を覚えてもらうのではなく、自分で考える力を身につけてもらいたいから。
「世界でさいしょのプログラマー」という絵本、ご存知でしょうか。
コンピュータが出来たから、プログラミングも考えられた、と普通思ってしまいますが、コンピュータが登場する100年も前に、プログラミングのことを考えていた実在の女性、エイダ・ラブレスが主人公の絵本です。プログラミングによって、絵や音楽まで作れるようになる、とすでに彼女は考えていました。
こんな機械(モノ)があれば、こんなことができるはず、と考えられる想像力、素晴らしいですよね。
この力こそ不透明な21世紀に生きるこどもたちにとって、もっとも必要な能力だと思います。
将来活躍する子になってもらうためには、コンピュータや人工知能がどんなものなのか感じ取り、それを活用するにはどうしたら良いかを、自ら学び、考え、行動することが出来る子になってほしい、と『Dr.+エジソン』では考えています。
そのため、授業中にいつでも、それはどうしてそうなるんだろう、とか、なんでそう思うの?、といった問いかけを繰り返します。新しいブロックの使い方を学ぶときでも、最初から「この仕事をするためには、このブロックを使います」といった指導はせず、まずはブロックをあれこれ触らせてみて、それがどんな働きをするものなのかを体感してもらうよう、ガイドしています。
教わることに慣れてしまった子は、めんどくさいな、とか、早く答えを教えて、と思うのですが、そこは少し我慢してもらって、じっくり考えてもらいます。 徐々にですが、だんだんと考える癖がつき、自分で考えることが楽しくなってきます。 「あっ、〇〇だからだ」とか、「ちょっとヒントを言うの待って」とかの発言がこどもたちの口から出てくるようになると、教えている側も嬉しくなります。
ただ、最初はほとんどの子供たちが、なんでそのまま教えてくれないんだろう、とストレスを感じます。2-3ケ月かけて、少しづつ効いてくるやり方なので、体験ではあまりこのやり方が使えないのが残念なところです。
ちなみに、このような指導方法は決して新しいものではありません。
例えば「武器としての交渉思考」(瀧本哲史・著 星海社新書)に、以下のように記されています。
”このような対話形式の授業を「ソクラテス・メソッド」と呼びます。 哲学者のソクラテスが弟子との問答を通じて「心理の追及」にあたった故事に由来する方法であり、今から2400年前の古代ギリシャの時代から近代まで、それは王道の教育スタイルだったわけです。 つまり、上の立場の人間の考えを「押しつける」ことでも、正解を「詰め込む」ことでもなく、相手から思考力や洞察力、想像力を「引き出す」ことこそが、教育本来の姿なのです。 ソクラテス・メソッドは、まさに正統な教育のあり方と言えるでしょう。”
プログラミングの正解は一つとは限りません。見本の通りに作らせるだけではなく、こどもたちが自分の意見を持つよう促し、意見が出たときにはそれを優先し試させます。それがうまくいけば自分で発見した自信となりますし、もし問題があればそこから新たな学びを得る、そんな進め方がプログラミングの学びには最適です。
ただ書籍から学ぶ場合には、つまづいた時や疑問に思ったときに前に進めなくなることがあります。いかにその子の気づき、疑問から学ばせるか、そこが指導する側の仕事で、教室に通う意味は、そこにあると思います。
また、当教室では、新しいプログラミング技術なりテクニックを学ぶことよりも、困ったときになんとかする力を身につけさせることを重視しています。具体的には、デバッグと呼ばれる手法だったり、自分の作業やイメージを文章化、図示する方法などを、作品制作の中で学んでもらっています。
いくら技術を教えても、学ぶことは山ほどあります。一方的に教わる習慣が身についてしまった子は、教室で基本を教わり卒業した後で、自分から発展させる習慣が身につかないかもしれません。
当教室を卒業した後、いずれ書籍や他の人の作品を見て取り組むことになると思いますが、必ずうまく行かない状況が発生します。そのようなときに、「うまく行かないときにどうすれば解決の糸口を見つけることができるか」を当教室で学んでおいてもらうことで、そんなときでも、指導者の助けなしに、自らの手で解決していく、そんな人間に育てたいと考えています。この習慣はプログラミングに限らず、その子の人生にとって貴重な財産となるに違いありません。
こどもたちが本来持っているはずの、
「自ら学び、考え、行動する力」を引き出す、
それが『Dr.+エジソン』の使命と考えています。